最高裁判所第三小法廷 昭和50年(行ツ)115号 判決 1978年4月04日
上告人 昭和石油株式会社
右代表者代表取締役 永山時雄
右訴訟代理人弁護士 羽中田金一
梶谷玄
梶谷剛
被上告人 公正取引委員会
右代表者委員長 橋口収
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人羽中田金一、同梶谷玄、同梶谷剛の上告理由第一点(ただし一の(四)を除く。)について
(一) 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「法」という。)四八条は、公正取引委員会は、法の規定に違反する行為(以下「違反行為」という。)があると認める場合において、審判手続を開始するに先立ち、まず当該違反行為をしている者に対して右違反行為を排除するために適当な措置(以下「排除措置」という。)を採るべきことを勧告し、その者がこれを応諾したときは、審判手続を経ないで、勧告と同趣旨の排除措置を命じる審決(以下「勧告審決」という。)をすることができるものとしている。本来、排除措置は、審判手続を経たのち、公正取引委員会が右の手続において取り調べた証拠に基づいて違反行為があると認めた場合にされる審決(以下「審判審決」という。)によって命じなければならないのである(法五四条一項)が、審判開始決定ののち、被審人が、審判開始決定書記載の事実及び法律の適用を認めて、公正取引委員会に対し、その後の審判手続を経ないで審決を受ける旨を文書をもって申し出て、かつ、当該違反行為を排除するため自ら採るべき具体的措置に関する計画書を提出した場合において、公正取引委員会が適当と認めたときは、その後の審判手続を経ないでされる審決(以下「同意審決」という。)によることもできることとされている(法五三条の三)。これに対し、勧告審決の制度は、法の目的を簡易迅速に実現するため、違反行為をした者がその自由な意思によって勧告どおりの排除措置をとることを応諾した場合には、あえて公正取引委員会が審判を開始し審判手続を経て違反行為の存在を認定する必要はないものとし、ただ、その応諾の履行を応諾者の自主的な履行にゆだねることなく審決がされた場合と同一の法的強制力によって確保するために、直ちに審決の形式をもって排除措置を命ずることとしたものと解される。すなわち、正規の審判手続を経てされる審判審決が公正取引委員会の証拠による違反行為の存在の認定を要件とし、また、同意審決が違反行為の存在についての被審人の自認を要件としているのに対し、勧告審決は、その名宛人の自由な意思に基づく勧告応諾の意思表示を専らその要件としているのである(最高裁昭和四六年(行ツ)第六六号同五〇年一一月二八日第三小法廷判決・民集二九巻一〇号一五九二頁参照)。もっとも、勧告審決も審決であるから、法五七条の適用があるというべきであり、審決書には、公正取引委員会の認定した事実を示さなければならないが、そこに示すべき事実とは、勧告に際し公正取引委員会が認めた事実(法四八条一項)、すなわち勧告書に記載された事実(公正取引委員会の審査及び審判に関する規則二〇条一項一号)を意味するものと解するのが、相当である。ただし、勧告審決をする段階においては公正取引委員会はもはや事実の認定を行うものではなく、勧告審決書に事実を示す趣旨は、前述の勧告審決の性質にかんがみ、排除措置との関係において排除されるべき違反行為を明確にするとともに審決の一事不再理の効力との関係において事実を特定するためのものであるにすぎない、と解すべきであるからである。
(二) 右のように、勧告審決にあっては、公正取引委員会による違反行為の存在の認定は、その要件ではないのであるから、違反行為の存否は勧告審決の適否につきなんら影響を及ぼすものではなく(仮に、勧告に際し公正取引委員会が認めた事実に誤りがあり、ひいて勧告に瑕疵があるといいうる場合であっても、勧告の応諾により公正取引委員会が事実を認定する必要がなくなった以上、それは勧告審決自体の違法事由となることはないと解するのが、相当である。)したがって、違反行為の不存在は勧告審決を取り消すべき原因とはならないし、他面、勧告審決は違反行為の存在を確定するものでもないというべきである。
(三) また、法八〇条、八一条、八二条一号のいわゆる実質的証拠の原則に関する規定は、公正取引委員会が審判手続を経て証拠により事実を認定する場合、すなわち審判審決の場合に限ってその適用があり、審判手続を前提としない勧告審決の場合にその適用のないことは、右規定の趣旨に照らし明らかなところである。
(四) なお、審決取消訴訟について、公正取引委員会の認定した事実が裁判所を拘束するのは、審決に際し公正取引委員会によって認定された事実についてこれを立証する実質的証拠のある場合に限られるから(法八〇条)、審決に際し公正取引委員会による事実の認定を要件とせず、しかも実質的証拠の原則の規定の適用のない勧告審決が違反行為の存在につき裁判所を拘束することは、ありえないものといわなければならない。更に、法八〇条一項のような規定を欠く法二六条の無過失損害賠償請求訴訟については、審判審決において公正取引委員会が認定した事実であっても裁判所を拘束するものと解することはできないのであるから、違反行為の認定を要件としない勧告審決が違反行為の存在につき裁判所を拘束するものとは、とうてい考えられないのである(もっとも、右訴訟において、違反行為に対する排除措置を命ずる審決があったことが立証された場合において、審決の成立過程の特質、すなわち、審判審決にあっては公正取引委員会の証拠による違反行為の存在の認定を、同意審決にあっては被審人の違反行為の存在の自認を、勧告審決にあっては違反行為の排除措置をとることの応諾を、要件とするものであることに応じて、強弱の差はあるとしても、違反行為の存在につきいわゆる事実上の推定が働くことを否定することはできないが、それは裁判所に対する法律上の拘束とみるべきものではない。)。
(五) そうすると、違反行為の不存在は勧告審決の取消事由とならず、勧告審決につきいわゆる実質的証拠の原則に基づく規定の適用がないとした原審の判断は、結局、正当である。なお、勧告審決が公正取引委員会による事実の認定を要件とするものであることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠き、失当である。
論旨は、採用することができない。
同第一点の一の(四)について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第二点について
勧告の応諾は私人の行う公法行為であるが、勧告応諾の意思表示に要素の錯誤があるときは応諾は無効となり、それに基づいてされた勧告審決も違法になるものと解することができるとしても、本件において上告人が応諾をするに至った事情として主張するところはいずれも応諾の意思表示の動機にすぎず、所論の事由をもって上告人が右の動機を相手方たる被上告人に対し明示的又は黙示的に表示したものということはできないから、上告人の本件応諾の意思表示に要素の錯誤があるとは認められない。これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第三点について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右の違法があることを前提とする所論違憲の主張は、失当である。論旨は、採用することができない。
同第四点及び第五点について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第六点の一について
所論は、ひつきよう、違反行為の不存在を理由として勧告審決の違法を主張することに帰するものであって、それが許されないことは論旨第一点に対する判断において述べたとおりである。これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第六点の二について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己 裁判官 服部高顕 裁判官 環昌一)